職場で部門異動を経験したことはありますか?
のりさんが部門異動を経験したのは、2020年の秋のことです。
異動初日、出勤してみるとなんとも言えない落ち着かなさがありました。
仕事の内容が変わる。人間関係が変わる。席も変わる。
それだけのはずなのに、頭がうまく回らなくて、些細なことでも手が止まる。
のりさんあれ、これってどうするんだっけ?
夕方、帰り道で雨に降られながら、「なんでこんなにしんどいんだろう」とぼんやり考えていました。
あの落ち着かなさの正体は、いったい何だったのか。
今になって脳科学や心理学の知見を調べてみると、あの感覚はとても「まっとうな脳の反応」だったことがわかりました。
そして、その不安とうまく付き合う方法もちゃんとあるんです。
異動初日に起きていたこと


当日の朝、いつもより早く家を出ました。
早出勤務でもないのに、なんとなく早く行かなければという気持ちがあって。
新しい席に荷物を置いて、周りの人に挨拶をして、新しい業務の説明を受けて——。
こなすべきことは次々とあるのに、頭の中がずっと「ざわざわ」している感覚が続きました。
「ちゃんとやれているのかな」「周りにどう見られているかな」「前の部門のほうがよかったかな」——そんな考えが、仕事の合間にひっきりなしに浮かんでくる。
帰り際、外に出たら雨。
運悪く傘を忘れていました。
足早に駅に向かって電車に乗り、「今日はしんどかったな」とひとりごちていました。
「落ち着かない」のは、脳が正常に動いているサインだった
あの感覚を「自分のメンタルが弱いから」と思っていたのですが、実はそうではありませんでした。
扁桃体が「未知の環境」に警戒する
人間の脳には、危険を察知する「扁桃体(へんとうたい)」という部位があります。この扁桃体は、「予測できない状況」に敏感に反応するようにできています(LeDoux, 2000)。
新しい部門は、まさに「予測できないことだらけ」の環境です。
誰がどんな性格か、どんな暗黙のルールがあるか、自分がどう評価されるか——扁桃体はこれらすべてを「潜在的なリスク」として認識し、警戒モードに入ります。
このとき、ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されます。コルチゾールは記憶や注意機能に影響を与え、集中力を散漫にさせ、些細なことが気になりやすい状態を作り出します(Lupien et al., 2007)。
「なんで今日はこんなにポカが多いんだろう」と感じるのは、コルチゾールの影響です。
「予測誤差」が脳を消耗させる
神経科学には「予測誤差(prediction error)」という概念があります。脳は常に「次に何が起きるか」を予測しながら動いていて、予測が外れるたびに大量のエネルギーを使うのです(Friston, 2010)。
慣れた環境では「この人はこう言う」「この仕事はこう進める」という予測が自動化されています。ところが新しい部門では、そのすべての予測が白紙です。
異動初日に「なぜかどっと疲れた」と感じるのは、脳が膨大な予測誤差の処理をした結果です。
サボっていたわけでも、弱かったわけでもない。脳が全力で新しい環境に適応しようとしていた証拠です。
「自分がどう見られるか」への過敏さは生存本能
「ちゃんとやれているかな」「変に思われてないかな」——そんな他者評価への意識も、実は進化的な理由があります。
人間は集団で生きる動物であり、集団から排除されることは生存の脅威でした。
新しいコミュニティに入ったとき、「受け入れてもらえるか」を気にするのは、脳に刻み込まれた本能的な反応です(Baumeister & Leary, 1995)。
だから、異動初日に「周りの目が気になってしかたない」という状態になるのは、あなたが繊細すぎるのではありません。
あなたの脳が正しく機能している、ということです。


それでも、「ずっと落ち着かない」は危険信号
脳の反応として自然なことでも、その状態が長く続くのは問題です。
コルチゾールが慢性的に高い状態が続くと、集中力の低下・睡眠の質の悪化・免疫機能の低下につながります。「異動してから3ヶ月経つのに、まだしんどい」という場合は、心身へのダメージが蓄積しているサインかもしれません。
のりさん自身、異動後しばらくは「業務負荷が増えた」「うまくやれているか不安」という状態が続きました。



あのとき、自分のキャリアについてちゃんと立ち止まって考える時間があればよかったなぁと今になって思います。
もちろん対策はありますので、紹介していきます。
新環境の不安を和らげる3つの方法
心理学の研究によると、自分に対して思いやりを持つ「セルフ・コンパッション」は、ストレスホルモンの分泌を抑えることが示されています(Neff & Germer, 2013)。
「初日からうまくできなくて当然」「慣れるまで時間がかかって当然」と自分に言い聞かせることで、扁桃体の過活動が和らぎ、脳がより冷静に機能しやすくなります。
予測誤差を減らすためには、「確実に予測できること」を少しずつ増やすことが有効です。
新しい部門でも、まず「今日は○○さんに挨拶する」「この業務の流れだけ把握する」など、小さく具体的な目標を立てることで、脳への負担を分散させることができます。
異動の不安の根っこにあるのは、しばしば「そもそも自分はこの仕事でどこに向かいたいのか」という問いへの答えがないことです。
「なんとなく異動になったけど、これでよかったのか」「本当はどんなキャリアを歩みたいのか」——こういった問いを放置したまま走り続けると、どんな環境でも落ち着かなさが続きます。
一度、キャリアの軸を言語化する時間を作ることが、長期的な安心感につながります。


まとめ|異動の不安は「正しい脳の反応」、でも放置はしないでね
職場の部門異動初日に落ち着かないのは、弱さでも失敗でもありません。
- 扁桃体が未知の環境を「リスク」として認識している
- 予測誤差の処理で脳が消耗している
- 集団への所属を確認しようとする本能が働いている
これらはすべて、脳が正常に機能しているサイン。
ただし、その状態が長引く場合は要注意です。
慢性的なコルチゾール過剰は心身を消耗させます。
「自分に許可を出す」「小さな確実性を積み上げる」、そして「キャリアの軸を誰かと一緒に言語化する」ことで、新しい環境への適応はずっとスムーズになります。
キャリアの不安をひとりで抱え込まず、プロの力を借りることも立派な選択肢のひとつです。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました♫
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参考文献
- LeDoux, J. E. (2000). Emotion circuits in the brain. Annual Review of Neuroscience, 23, 155–184. [PubMed]
- Lupien, S. J., Maheu, F., Tu, M., Fiocco, A., & Schramek, T. E. (2007). The effects of stress and stress hormones on human cognition: Implications for the field of brain and cognition. Brain and Cognition, 65(3), 209–237.
- Friston, K. (2010). The free-energy principle: A unified brain theory? Nature Reviews Neuroscience, 11(2), 127–138. [PDF]
- Baumeister, R. F., & Leary, M. R. (1995). The need to belong: Desire for interpersonal attachments as a fundamental human motivation. Psychological Bulletin, 117(3), 497–529.
- Neff, K. D., & Germer, C. K. (2013). A pilot study and randomized controlled trial of the mindful self-compassion program. Journal of Clinical Psychology, 69(1), 28–44.









