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また「伝わらない」をやらかした
「言っていることの意味が全くわからない」
のりさんは職場でそう言われたことがあります。
のりさんはASDのグレーゾーンです。正式な診断はありませんが、発達特性の傾向があることを自分でも感じており、職場でのコミュニケーションに何度もつまずいてきました。
「言葉にできない、伝わらない」という経験は、別の記事↓でも書いています。
あの日も、のりさんは正しく情報を読んで、正しく動いた——はずでした。それでも「意味がわからない」と言われた。
しばらくして気づいたのは、のりさんが処理できない情報があったのではなく、「情報が届くチャンネルそのものが違っていた」ということです。
この記事では、ASDや発達特性のある方が職場でよく経験する「伝わらない」の正体を、のりさん自身の体験と研究から解説します。「伝わらないのは自分のせい」と感じている方に、少し違う視点を届けたいと思っています。
あのとき、何がすれ違っていたのか
別の課から連絡が入ったとき、のりさんは「しっかり伝えなければ」と思っていました。
クライアントの対応について、顧客管理システムには事前に記録が入っています。
のりさんはそれを読み込み、必要な手続きを頭に入れた状態で業務に臨んでいました。
だから別の課から連絡を受けたとき、伝えるべき情報は明確です。
必要な手続きを、漏れなく伝える。それだけのことでした。
ところが、その後に上長へ報告すると、こう言われました。
「言っていることの意味が全くわからない」
頭が一瞬、止まりました。
説明を聞いてわかったのは、その記録をそもそも書いたのが上長本人で、状況が変わり情報が古くなっていたことに上長も気づいていた。でも記録は更新されていなかった。
のりさんは、もう現実とズレた記録をもとに動いてしまったのです。
上長が多忙なマネジメント業務の中で記録更新が漏れることは、十分起こりうる。
のりさんが難しかったのは、そのズレに事前に気づいて確認する、という動きが事前にできていなかったことです。
その場でのりさんは、自分の側に非があるとして謝ってその場を収めることに終始しました。
状況を整理することも「次はどうするか?」を考えることもせず、なんとかその場を乗り切ることだけを考えていたのです。
暗黙知が届きにくい理由——ASDの情報処理の特性

「暗黙知」とは、言葉や文書で明示されていない、でも「みんなが知っている」情報のことです。
「あの記録はもう古いよ」「あの件は口頭で解決済みだから」——こうした情報は、職場にあふれています。
定型発達の方はこれを、会話のニュアンスや場の空気から自然に受け取ります。
しかしASD・発達特性のある人にとって、このチャンネルは届きにくいのです。
2014年にスウェーデンで行われた研究では、ASDのある人と定型発達の人の「明示的な社会認知」と「暗黙的な社会認知」を比較しました(Callenmark et al., 2014)。
結果は明確でした。明示的な場面(選択肢が与えられ、正解が明示されている状況)では、両者に差はありませんでした。しかし暗黙的な場面(自然な状況で自発的に読み取る必要がある場面)では、ASD群のスコアは有意に低かったのです。
研究者たちは「明示的な指示がある状況では、ASDのある人のパフォーマンスは改善される」と結論づけています。
つまりこういうことです。
ASDのある人は、「書かれていること」「明示されていること」の処理は定型発達者と変わりません。得意ですらあります。ただ、「言わなくてもわかるはず」という前提で動く暗黙知は、受信されにくい。
これは能力の欠如ではなく、情報チャンネルの違いです。

ASDを含む発達特性が「強み」として機能する側面については、こちらの記事↓でも書いています。
伝わらないのはあなただけのせいじゃない——「二重共感問題」とは

「伝わらない」の原因は、ASD側だけにあるわけではありません。
2012年に自閉症研究者のダミアン・ミルトンが提唱した「二重共感問題(Double Empathy Problem)」という理論があります。これは、「ASDのある人とない人のコミュニケーション困難は、双方向のズレから生じている」という考え方です。
2024年に発表された研究では、職場でのシナリオを使った実験が行われました(Szechy et al., 2024)。自閉症的な行動をとる従業員の場面を読ませて、「この行動をどう解釈するか」を問うと——
自閉症のある参加者の50.7%が正確に解釈した一方、定型発達の参加者が正確に解釈できたのは31.2%にとどまりました。
自閉症者のほうが、自閉症的な行動を正確に理解できた。この結果は、「コミュニケーション問題はASD側にある」という一方的な見方を否定しています。
のりさんがあの日感じた「のりさんのせいじゃないはずなのに」という感覚は、感情的な言い訳ではありませんでした。研究が示す通り、伝わらないのは双方向の問題だったのです。
ASDや発達特性がある方はとくに、「自分の伝え方が悪い」と自己否定しやすいですが、すれ違いの責任を一人で抱える必要はありません。
謝ってしのぎ、回復したころには対策を忘れる——ASD特性が作るループ

あの日のりさんがとった行動は、「その場を収めること」だけでした。次のことを考えるのは後回しです。
ところが「後で考えよう」が成立しにくい理由があります。
ASD・発達特性のある人は、「ミスの後に自己批判的な反芻思考が続きやすい」ことが研究で示されています。自閉症成人608名を対象に行った研究では、ASDのある人の反芻の中心には「自己否定的な認知(self-directed negative cognitions)」があり、罪悪感や悲しみと強く連動することが確認されました(Williams et al., 2021)。
さらに、ASDの特性が感情調整困難を引き起こし、反芻によって感情体験がさらに増幅される「感情カスケードモデル」を示す研究もあります(Dell’Osso et al., 2023)。
整理するとこうなります。
ミスをする→強い罪悪感が生じる→反芻が続く→感情の回復にエネルギーを使い果たす→ようやく落ち着いてくる→「もう終わった」気分になる→再発防止策を立てないまま次に進む。
対策を立てられないのは、やる気がないからではありません。
感情の回復そのものにコストがかかりすぎて、「次を考える」エネルギーが残っていないのです。

すれ違いを減らすために、今日からできること
「このシステムの記録は、現時点でも有効ですか?」
この一言で、暗黙知の更新漏れを防げます。質問することは弱さではなく、確認の習慣です。
職場で緊張・不安が高まっているとき(のりさんはこれを「ビクビク状態」と呼んでいます)、体が先に動いて見当違いの行動をとることがあります。
「今自分は不安を感じている」と気づけると、一歩立ち止まって考えることができます。
感情に名前をつける練習については、別の記事↓でも詳しく解説しています。
感情が落ち着いてきたとき(その日でなくていい)、「起きたこと」と「次にすること」を1行だけメモする。そして、その対策を考える時間を翌日以降のカレンダーかタスクリストに登録する。
書いて終わりにしない——「後でやる」を未来の自分に確実に渡す仕組みがあると、反芻思考のループから抜け出し、再発防止策を実行しやすくなります。
まとめ:すれ違いは防げる。謝罪ループも、抜け出せる
- ASDや発達特性のある人は、明示された情報の処理は定型発達者と同等。暗黙知(言わなくてもわかる情報)が届きにくいのは、情報チャンネルの違いであり欠陥ではない
- 職場でのコミュニケーション困難は双方向の問題(二重共感問題)。「自分だけのせい」ではない
- ミス後に謝罪で止まり、対策を立てられないのも意志の弱さではなく、反芻思考と感情調整困難によるASD特性のループが原因
- 書かれた情報が最新か確認する習慣、「次にすること」をカレンダーに登録する仕組みが、すれ違いと再発防止の第一歩になる
職場で「伝わらない」を繰り返してきたのりさんが、今これを書けているのは、「あれは情報チャンネルのズレだった」と言語化できたからです。
あなたの「伝わらなかった」にも、きっと名前があります。
感情に名前をつけることが、ASD特性のある自分を理解する最初の一歩。
Awarefyは毎日の感情記録を通じて、自分のパターンを見えやすくしてくれます。
参考文献
- Szechy, K. A., Turk, P. D., & O’Donnell, L. A. (2024). Autism and Employment Challenges: The Double Empathy Problem and Perceptions of an Autistic Employee in the Workplace. Autism in Adulthood. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11317796/
- Callenmark, B., Kjellin, L., Rönnqvist, L., & Bölte, S. (2014). Explicit versus implicit social cognition testing in autism spectrum disorder. Autism, 18(6), 684–693. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4230543/
- Williams, Z. J., McKenney, E. E., & Gotham, K. O. (2021). Investigating the structure of trait rumination in autistic adults: A network analysis. Autism, 25(7), 1962–1976. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8419022/
- Dell’Osso, L., et al. (2023). Emotional dysregulation as a part of the autism spectrum continuum: a literature review from late childhood to adulthood. Frontiers in Psychiatry, 14. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10544895/




