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楽器を手放した日のこと
2024年の3月、楽器店のカウンターで長年演奏してきたアルトサックスの委託販売手続きを済ませました。
「これは事務的な作業だ」、と自分に言い聞かせた、特別な感情は出してはいけないと思っていました。
帰り道のことは、あまり覚えていません。
1ヶ月ほど経って買い手が見つかり、口座に振込があり、それで終わりでした。
のりさんは長年、楽器を弾いていました。
社会人になってからも続けていた。前の年まで音楽教室に通い、発表会にも出ていました。
ただ弾くのが好きだったというより、あの時間が必要だったんだと、今になって思います。
職場での人間関係、自分の感情がうまく伝わらないもどかしさ、ビクビクしながら過ごした日々
——そういうものが楽器を弾いている間だけ、少し軽くなっていました。
でも家庭の事情で、手放すことになった。
そのとき自分に言い聞かせたのは、「一番合理的な選択だ」ということでした。
この記事では、のりさんがなぜ「自分を最初に切った」のか、その構造を振り返ります。「環境は整っているのに、なぜか自分だけが犠牲になっている気がする」という感覚に覚えがある方に、少し届けばと思っています。
「家庭」を組織として眺めたとき
経営でよく言われることがあります。
「組織を存続させるためには、不採算部門を切らなければならない」と。
のりさんはある時期から、家庭をそういう目で見るようになっていました。
意識的ではなかったけれど、今振り返るとそうだったと思います。
家計というリソースがある。子どもの習い事がある。生活費がある。将来の貯蓄がある。
そのなかに、のりさんの楽器練習も「コスト」として存在していました。
客観的に眺めると、答えはシンプルです。
音楽は「自分だけが享受する部門」だった。
子どもの習い事は家族みんなのためになる。生活費は家族の暮らしを支える。
でも楽器は、のりさんだけのもの。
そしてもうひとつの事実がありました。
経営者も構成員も、同じ「自分」だった
家庭というのは不思議な組織で、のりさんにとっては「切る側」も「切られる側」も同じ自分でした。
子どもを切ることはできない。妻の不満を切ることはできない。生活費を切ることにも限界がある。
でも自分自身のものは、自分が納得すれば誰にも迷惑をかけずに切れる。
文句を言う人間がいない。交渉する相手もいない。静かに、一人で処理できる。
それが「最も精神的コストの低い選択」でした。
自分の目標を「状況の圧力によって」手放す決定は、自由意志による選択とは根本的に異なるプロセスをたどります。外的な状況に押し切られた犠牲は、後悔やフラストレーション、長期的な満足度の低下につながることがわかっています(Zikic, 2022)。
のりさんの場合も、「望んで手放した」というよりは、「そうするしかなかった」という感覚に近かったのです。
でもそれを当時はうまく言語化することができませんでした。
「誰にも迷惑をかけない」という合理性の落とし穴
「自分を犠牲にすることは、誰かを助けることだ」という考え方には、一見して合理性があります。
でもその論理が静かに見落とすものがある。
それは「自分」というのも、その組織の構成員のひとりだということです。経営者が組織を存続させるために自分の報酬を削り続ければ、組織の内側から壊れていく。家庭でも同じことが起きる可能性がある。
当時ののりさんはそこまで考えていなかった。「自分が我慢すれば丸く収まる」という思考だけで動いていた。
「家族のため」という言葉が、どのように自分を追い詰める構造になるか——別の記事↓でも詳しく書いています。
ASD特性と「発散の場」の意味
のりさんはASDのグレーゾーンです。
質問紙による確認では診断の閾値には届かなかったものの、極めて閾値に近い値でした。
職場でのコミュニケーションや感情処理に特有の難しさを、長年感じてきました。職場での体験については、こちらの記事↓でも書いています。
ASD特性を持つ人にとって、社会的な期待に合わせて自分を「マスキング」し続けることが最大のストレス要因になることが示されています。
自分のニーズを抑圧し続けると、感情調整能力や自己ケア能力が徐々に失われていく
——いわゆるバーンアウトへのプロセスです(Raymaker et al., 2020)。
のりさんにとって音楽は、マスキングで積み上げたものを降ろす場所でした。
言葉にできないことを音で処理する時間。それが週に1、2時間あるだけで、ずいぶん違っていました。
それを手放した後に何が起きたか?
グレースケールの景色、という言葉がのりさんの中に出てきます。色が抜けたような感覚。感情的にフラットになっていく感覚。悲しいわけでも、楽しいわけでもない。ただ、何も感じにくくなっていった。
今になって思えば、あれは発散の場を失ったことで、感情が内側に滞り始めていたのかもしれません。
「自分を切る」のをやめることは、誰かを傷つけることじゃない
「自分のための時間を持つことは、家族への裏切りじゃないか」という感覚が、のりさんの中にありました。
でも研究では、自分への思いやり(セルフコンパッション)を持てる人ほど、自律性の感覚が保たれ、バーンアウトが軽減されることが示されています。
自分を大切にすることは、他者へのケアと相反しない、むしろ補完し合う関係にあります(Gerber & Anaki, 2020)。
「誰かのために自分を削る」ことが習慣になっている人ほど、自分を大切にすることへの罪悪感が強い。
その罪悪感が正しいものだと思い込まされている、というのが研究の示すところです。
自分を後回しにすることは美徳ではない。少なくとも、ずっと続けていいことではない。
感情調整の具体的な方法については、こちらの記事↓も参考になるかもしれません。
書くことが、別の発散の場になっていた

のりさんは楽器を手放すより前から、ずっと書き続けていました。WordPressでブログを始めたのは2019年末のことで、それ以前にも別の形で書くことを続けていた。
ただ、書いている内容が変わっていった。
最初は漠然と情報を発信するつもりだった。でも書き続けているうちに、本当に書きたいことが輪郭を持ち始めた。自分が体験してきた「伝わらなさ」「自分だけが違う感覚」「言語化できていなかった感情」——そういうものを、心理学の研究と結びつけながら言葉にする。それが今の発信の形になっています。
変化の大きなきっかけになったのは、AI技術の進歩でした。以前は「書きたいテーマがあっても、エビデンスを調べるのに時間がかかりすぎる」という壁があった。今は論文の要約やリサーチが圧倒的に効率化されて、発信したい内容を発信しやすくなった。そのことで、ようやく書くことが「本当に出したいものを出す場」に近づいてきた。
創造的な活動への従事はフロー状態を引き出し、人生満足度や心理的幸福感の向上と関連することがわかっています。音楽に限らず、書くこと・描くこと・作ることのすべてが、感情的な発散の場になり得る(Tan et al., 2021)。
楽器がなくなっても、書くことが残っていた。それが今のところの、のりさんの答えです。
まとめ:自分を後回しにし続けなくていい
「自分が一番切りやすかった」という事実は、弱さではありません。
誰かを傷つけたくない・迷惑をかけたくない・静かに処理したい——そういう思いが積み重なった結果として、自分が最初に削られていく。その構造は、意志の問題ではなく、環境の問題です。
のりさんが気づいたのは、後からでした。
グレースケールの景色の中で、あれは音楽だけの話ではなかったと気づいた。
「環境が整っているのに自分だけが壁を作っている」と思っていたけれど、本当は「自分を犠牲にすることが唯一の選択肢だと思い込まされていた」のかもしれない。
今でも楽器は弾いていない。でも、書いている。
あなたにとって、「発散の場」はありますか?
「自分を犠牲にしている」と気づいても、どう変えればいいかわからないことがあります。感情記録アプリAwarefyは、自分の内側を客観的に見る練習から始められます。
参考文献
- Zikic, I. (2022). Career sacrifice unpacked: From prosocial motivation to regret. Frontiers in Psychology, 13. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9524393/
- Raymaker, D. M., et al. (2020). “Having All of Your Internal Resources Exhausted Beyond Measure and Being Left with No Clean-Up Crew”: Defining Autistic Burnout. Autism in Adulthood, 2(2). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7313636/
- Gerber, Z., & Anaki, D. (2020). Self-compassion in caregiving situations: The role of autonomy need satisfaction. Mindfulness. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7667216/
- Tan, C. S., et al. (2021). Creative Activities, Flow, and Subjective Well-Being. International Journal of Environmental Research and Public Health, 18(14). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8305859/




