ほかの赤ちゃんたちと触れ合う機会の少ない息子を
久しぶりに地域の子育て支援施設に連れ出しました.
今日の出来事
- ずり這いできるかな?
- カード類を断捨離!!!
- カーテンの交換
- 夕方散歩でホームセンターへ
午前中は地域の子育て支援施設へ。息子より月齢が若くても身軽な子はうつ伏せの状態から横移動や方向転換ができていた。息子は重量級なので、動きたくてもバランス崩してコロンコロンと転がってしまう。先輩赤ちゃんやお友達の様子を見て、1つずつお勉強してもらいましょう。
— のりさん (@ksnori0923) 2016年9月24日
広いスペースを使って,下は生後数か月から上は就学一歩手前の子までが自由に遊べる無料施設.
自宅から最寄り駅を越えたところにあるので,夏の暑い時期は足が遠のいていたけど,今日,2か月振りに行ってみた.
父親が来ることは少ないので,息子が授乳に入ってしまうと一人ポツンと取り残された感じがしてしまうのが難点.
パパ友作るってのも難しいもんだ.
先日のようなカード忘れ防止対策で様々なカード類を断捨離.1回限りで有効期限切れになっているポイントカードや,引っ越しで通えなくなったクリニックの診察券・美容院の会員証など余計なものがたくさんあった.とりあえず必要なものだけカードホルダーに整理.管理方法は要検討といったところ.
— のりさん (@ksnori0923) 2016年9月24日
使用頻度の高いものは財布から出してパスケースなんかに入れるべきだろうし,滅多に使わなくても必要なものは持ち歩かないといけないし,なんかいい方法がないだろうか?
朝晩冷えるようになって息子が寝ている部屋の窓際から冷気が来るように.カーテンの丈がやや短いことが原因と判断し,わたしが寝ている和室のものと交換.これで息子はゆっくり眠れそう.わたしは体を冷やさないように気を付けないと.腹巻でもしようかな.
— のりさん (@ksnori0923) 2016年9月24日
元々前の住居で使っていたカーテンをそのまま利用していたものだから,丈の長さが各部屋の窓に合っていない.
夫婦二人の時は和室を寝室にしていたので良かったけれど,息子が生まれてからはリビングで息子と妻が寝るようになったので,冷気の影響が問題になってきた.
てなわけで今回の措置.
夕方は散歩ついでに息子を抱えてホームセンターへ.授乳も昼寝もすませた後だったから,キョロキョロと首を動かして周りを見るのに必死!!! どっちかがまだだと途中で泣き出すくせに.小雨の降る帰り道も情報収集に余念がない.これだけ好奇心旺盛だと色んな所に連れ出したくなるなぁ.
— のりさん (@ksnori0923) 2016年9月24日
ほんとにキョロキョロと頭をよく動かすものだから,息子の後頭部を支える私の手と髪の毛が擦れて禿げてしまうんじゃないかというくらい.
色んなものをインプットできただろうから,今夜息子の見る夢はバラエティに富んでるだろうな.
ネットの気になる記事
- 横浜で点滴異物混入殺人事件発生
- ミライの人材育成を目指す教育談義
怖い怖い.
これじゃあ誤って混入じゃなくて意図的な犯行と言わざるを得ない.
早期解決を!!!
前半
後半
作家,大学教授そしてエンジェル投資家である瀧本 哲史氏と”民間校長”こと藤原和博氏の対談.
「正解が失われた成熟社会」を生き抜く希少性の高い人材を育てるべく藤原氏が目指すのは”100万人に1人の人材”
例えば,会計ができて営業ができるペットトリマーなど, 100人に1人のレベルのスキルを3つの分野で身に着けることで,100×100×100で”100万人に1人の人材”を目指すというもの.
そうした人材を育成するうえで教育の目標を考えたときに,導き出されたのは「自分の意見を言える人を育てる」ということ.
間違っていてもいいから自分の意見をみんなの前で言うというのは,子どもの内,小学2年生くらいまではできても,3年生になれば「正解主義」に染まって何も言えなくなる.大人になればなおさらだ.
そこで必要なのが,お互いの意見を一切「評価」することなく自由に言い合える「ブレインストーミング」の時間.
ブレインストーミングを経て「ディベート」を進めていくと「相手との議論を通じて自分の意見が進化していく」フェーズに入る.
自分の意見を言葉にするのは,自分,相手,そして社会全体を前に進めていくためであることが実感できるようになる.
まさに瀧本氏が著作『ミライの授業』で紹介した,フランシス・ベーコンによる「4つのイドラ(思い込み)からの脱却」に繋がって行くのだ.
逆風を感じている子どもたち,困難に立ち向かおうとしている大人たちは『ミライの授業』を読んで,現在の自分自身の問題の「答え」を何世紀も前の偉人たちの功績に見出すことを望んで,対談は締められている.
まさに,「未来」の「答え」は「過去にある」と言えるだろう.